「石神井川上流地下調節池」について費用対効果のずさんな算出を問題提起しました。

 

都議会議員になって初めての都議会予算特別委員会での質問。テーマは「石神井川上流地下調節池」について。質疑に向けて調査を進めると、東京都の治水事業に対する杜撰な手法が明らかになりました。(令和6年3月14日)

10年1000億円投資の「石神井川上流地下調節池」の必要性・正当性はどこに?調節池容量の不足による溢水履歴はない中、都は不適切な手法で過大な被害額を算出

目次

1. はじめに ―石神井川上流地下調節池とは―

2. 巨大なトンネル式地下調節池は必要か?

(1)東京都による事業の説明

(2)調節池容量の不足による溢水被害は存在していない

(3)計画雨量を超える降雨でも溢水被害は32棟の浸水のみ

3. 東京都は不適切な計算手法で事業の合理性を説明

(1)費用便益手法とは

(2)現在の事業費でもB/Cは1ぎりぎり

(3)過大な氾濫図の浸水エリアと現実と乖離した被害金額

(4)洪水の生起確率を過大に算定した不適切な計算手法

(5)氾濫履歴をもとに計算したB/Cは0.05

4. 見直しまたは代替策を検討すべき

5. おわりに ―情報開示の必要性―

 

1.はじめに ―石神井川上流地下調節池とは―

私は2024年3月14日の予算特別委員会で、「石神井川上流地下調節池事業について、国交省のマニュアルに反した不適切な独自の手法を用いて、東京都は洪水被害額を過大に算出し、事業の合理性を示す費用便益分析の結果(B/C)を異常に釣り上げているのではないか」という点を質しました。ここでは、当該事業計画の問題点についてまとめます。ぜひ多くの方に知ってほしい重要なテーマです。

石神井川上流地下調節池事業は、石神井川流域の1時間あたり75ミリの降雨による浸水被害を防ぐため、青梅街道や伏見通り、武蔵野中央公園等の地下約30mの深さにトンネル延長約1.9km、トンネル内径14.3m、貯留量約30万立米の大規模な地下調節池を整備するものです(東京都建設局HP)。

この事業は、約1000億円を費やし工期は10年間に及ぶ大事業です。東京都は住民に説明していると言いますが、トンネル工事のための立坑が設置される武蔵野中央公園には、事業の説明看板も設置されておらず、公園利用者はもちろん近隣住民の多くもこのような大きな事業が行われること知りません。
事業についての十分な説明がないまま、武蔵野中央公園では既に本年2月26日から準備工事が始まっています。また、本体工事は令和7年度から始まる予定で、工事の受注者は未だ決まっていない段階です。

 

2. 巨大なトンネル式地下調節池は必要か?

(1)東京都による事業の説明

東京都は、住民説明会などでは石神井川の過去の氾濫実績などを示して、地下調節池建設の必要性を説明してきました。例えば、令和3年10月に武蔵野市と西東京市で開催された事業説明会では、「平成17年9月豪雨では約6000棟、平成22年7月豪雨では約80棟の床上・床下浸水家屋の被害があった」と説明しています。

武蔵野市と西東京市で開催された事業説明会の資料

(出典)東京都作成 令和3年10月27日 石神井川上流第一調節池(仮称)事業説明会資料

 

(2)調節池容量の不足による溢水被害は存在していない

しかし、東京都建設局がHPで公開している水害の原因を詳細に調べてみると、過去の水害のほぼ全ては下水道の流下能力不足などによる「内水氾濫」によるものであることが分かりました。

また、地下調節池の取水口は南町調節池(12,000㎥)に設置する計画であるものの、南町調節池は1980年の完成以降一度も溢水がない状況が続いていることも分かりました。つまり、西東京市内においては南町調節池の他、1981年に完成した芝久保調節池(11,000㎥)、1983年に完成した向台調節池(81,000㎥)により、調節池の貯留量の観点からは、現在に至るまで43年間にわたり安全に治水管理ができているのです。練馬区も同様な状況であり、富士見調節池(現在33,800㎥)は1972年の完成以来、台風などの豪雨時でも47年間にわたって大きな氾濫をすることなく治水できています。すなわち、これまで石神井川上流域では調節池貯留量の不足を起因とする溢水の履歴はありません。既存の調節池の貯留量には余裕があると言えます。

 

(3)計画雨量を超える降雨でも溢水被害は32棟の床上床下浸水のみ

履歴が残る昭和49年以降、石神井川の溢水により被害が生じたのは平成17年9月4日の集中豪雨のみです。この豪雨では、下井草の観測所で時間最大雨量112mm、24時間雨量で263mmを記録しています。また、今回の河川整備計画の基とした「東京都区内の中小河川における今後の整備のあり方について 最終報告書 平成24年11月」(以下「最終報告書」)によると、この豪雨では中野区等の区部西部全域で時間雨量と24時間雨量の双方で中小河川整備の計画雨量を上回っています。

この豪雨時の被害も、他の豪雨と同様に本事業の対象としない「内水による氾濫被害」が大部分を占めます。また、荒川との合流地域である北区における「高潮による氾濫被害」を除くと、河川からの溢水は、練馬区の武蔵関駅下流の河岸の狭隘(ボトルネック)箇所で生じた「5軒の床上浸水と27軒の床下浸水のみ」でした。現在も武蔵関駅付近は地盤が低いことと護岸が未整備であることから、この付近が石神井川のボトルネックになっています。しかし、この区間では既に東京都が河川整備を進めており、残された区間も事業着手に向けて測量作業等を終えています。河川に隣接する西武新宿線の立体交差化事業も本年3月に着手したことから、練馬区のまちづくりと合わせて河川整備が加速するものと思われます。

このため、今後、計画雨量の降雨があった場合でも、計画の調節池がなくとも、浸水被害は平成17年9月の集中豪雨の被害(計32軒の浸水)を下回る規模になるものと想定されます。

 

3. 東京都は不適切な計算手法で事業の合理性を説明

このような現状から、計画されているような巨大な地下調節池を建設する理由は乏しいように思われます。それでは、何故、今回の計画が実施されるようになったのか調べてみると、東京都が不適切な計算手法で事業の合理性を説明していることが明らかになりました。

 

(1)費用便益分析とは

 公共事業の合理性を説明するためには、「費用便益分析」という方法が用いられます。この方法は、事業から生じる「便益」を必要な「費用」と比較して事業の投資効果を評価するものです。

簡単に言えば、ある事業の実施に要する費用(建設費、維持管理費等)に対して、その事業の実施によって社会的に得られる便益(災害の減少による人的・物的損失の減少、環境の質の改善等)の大きさがどれ程あるかを、客観的に見るものです。
国土交通省も所管公共事業の評価結果の信頼性を一層高める観点から、費用便益分析に係る計測手法、考え方などの整合性の確保、手法の高度化を図るための共通指針を出しています。

また、費用便益分析において、事業の効率性は「便益(B)」を「費用(C)」で割った比率B/Cで示され、合理性のある公共事業のB/Cは必ず1以上になります。別の言葉で言うと、もし、B/Cが1を下回った場合には費用が便益を上回るということですから、その公共事業には合理性がなく、基本的に事業を推進してはいけないことになります。

B/Cは治水事業だけでなく、道路事業や鉄道事業などの公共事業でも事業評価において最も重要な指標となっています。また、事業を実施するためにはB/Cが1以上である必要がありますが、資金が限られている中で1を超えていれば必ず実施するというものでなく、効率的な事業(B/Cが高いもの)を採択するための比較手法としても用いられています。例えば、資金が限られた地方自治体の治水事業においては、B/Cが9を超えるものもあります。また、鉄道事業においてはB/Cが10を超えるものも多い状況です。

 

(2)現在の事業費でもB/Cは1ぎりぎり

B/Cの計算には、まず、事業費を算出する必要があります。近年の物価高騰の影響もあるでしょうが、本計画の事業費は、近年は増額の方向で見直されているとともに、以下のとおり説明の場によって異なっていることが分かりました。

<これまでに説明・公表された事業費>
・令和5年1月18日、1月22日の住民説明会:600億円
・令和5年1月27日公表の令和5年度予算:989億円(維持管理費を含まない)
・令和5年11月27日の河川整備計画査定専門委員会:877億円(50年間の維持管理費を含む)
令和6年1月26日公表の令和6年度予算:1073億円(維持管理費を含まない)

上記のとおり、令和5年11月27日の河川整備計画査定専門委員会では、「877億円」の数字を使っているため、B/Cは1.31(=1154億円/877億円)として説明されています。しかし、上述の通り、この事業は令和6年度予算で既にコストが1073億円とされています。すなわち、この新しい数字を使えば、B/Cは現時点でも1.07(=1154億円/1073億円)という1ぎりぎりの値です。

今年度の本計画予算で84億円(=1073億円-989億円)が増額されたように、来年度予算でも同額が増額した場合、B/Cは0.9(=1154億円/1157億円)となり、1.0を下回ります。すなわち、本事業は事業費の観点からも採択がぎりぎりの事業と言えますが、さらに事業費が増額された場合には合理的な事業とは位置付けられなくなります。東京都が発行する予算概要を比較して頂くとわかるのですが、他の全ての調節池事業でも資材が高騰し、事業費が増額しています。本当に令和6年度予算で示した1073億円で事業が実行できるのでしょうか。B/Cの費用(C)には、建設後50年間の施設の維持管理費を含める必要があり、この1073億円の数字には維持管理費が含まれていないことも気になる点です。

令和5年11月27日に開催された河川整備計画査定専門委員会は、東京都が国から事業費の50%の補助採択を受けるために必須の専門家会議です。つまり、この会議の配布資料は、国に約500億円の補助してもらうために必要な極めて重要な資料といえます。

 

【参考】(令和6年3月14日予算特別委員会)

Q.昨年11月27日の資料は、誰に要求されて誰が作成してどこに提出したものなのか。

A.都技監
(答弁)国庫補助の採用を申請するために都が作成し、河川工学や環境経済学などの学識経験者から成る河川整備計画策定専門委員会に諮ったものでございます。

この配布資料の事業費(C)は、不思議なことに、それより前の同年1月27日に公表された令和5年度予算(989億)より、小さい金額(877億円)が提示されています。また、877億円には施設の維持管理費を含める必要があります。これでは、B/Cを1.0以上にするために、本来よりも小さい数字を用いたと疑われても仕方がないでしょう。

 

さらに、都に対して情報開示を行って「便益(B)」の計算の根拠資料を確認してみたところ、驚くべき事実が判明しました。この根拠資料は、前述の河川整備計画査定専門委員会の配布資料に含まれておらず、計算過程は委員会で議論されていません。後に述べるように、「情報公開」についても今後は必ず改善すべき重要な点であると考えています。

 

まず、本事業の「便益(B)」は、「事業を実施しない場合の被害額(Case1-1)」と「事業実施した場合の被害額(Case1-2)」の差から「事業による被害軽減額」を求め、その洪水が発生する確率を掛けて算出するように、国のマニュアルに書かれています。

まずは、東京都がどのように2つの被害額を算出したか見てみたいと思います。

 

(3)過大な氾濫図の浸水エリアと現実と乖離した被害金額

① ハザードマップ(時間最大雨量153ミリを想定)より浸水予想区域が広い氾濫図

 被害額の算定には、先ず、降雨により浸水が予想される区域を「氾濫図」として示します。東京都は、事業目的が「75ミリの降雨による浸水被害を防ぐ」としている中で、説明に納得がいかない点であるのですが、Case1-1とCase1-2の氾濫図を、超過確率1/10、すなわち平均すると10年に1度の降雨である時間最大雨量65ミリの雨量を想定しています。
しかし、驚くべきことに、東京都が作成した65ミリ/時の氾濫図の浸水エリアは西東京市や練馬区が作成したハザードマップ(時間最大雨量153ミリ、総雨量690ミリ)の浸水予想区域よりはるかに大きくなっているのです。65ミリの降雨の想定としては異常な大きさです。

30万㎥の地下調節池の整備を行った後の65ミリの氾濫図(Case1-2)の浸水エリアが、概ね153ミリのハザードマップの浸水エリアとほぼ同じ大きさとなっています。私は、3月14日の委員会でこの理由を質問しましたが、説明らしい回答は返ってきていません。

 

Q.なぜ、時間最大雨量153ミリのマップよりも、65ミリの氾濫図の浸水エリアの方が広いのか。

A.都技監
(答弁)氾濫図の話ですが、費用便益分析に用いました氾濫図でございますが、これは調節池の効果を評価するために、マニュアルの案に沿って適切に表示したものです。一方ハザードマップの浸水エリアでございますが、これ目的が違っていまして、たとえば内水氾濫、下水の方からちょっとあふれるとかそういったもの、現実的なケースに沿って作成されているということです。

マニュアルのどこに過大な浸水エリアを作成するという記載があるのでしょうか。作成の目的が違うと、なぜ153ミリ降雨時の浸水エリアの方が狭くなるのでしょうか。全く理解できない答弁であると言えます。

 

【Case1-1: 事業を実施しない場合の氾濫図(65mm/hrを想定)】

 

(出典)東京都提供資料

【Case1-2: 事業を実施した場合の氾濫図(65mm/hrを想定)】

 (出典)  東京都提供資料

 

【西東京市の浸水ハザードマップ(153mm/hrを想定)】

(出典)西東京市危機管理課(西東京市HPより入手)

【練馬区の浸水ハザードマップ(153mm/hrを想定)】

 (出典)練馬区危機管理室危機管理課(練馬区市HPより入手)

 

② 実態と乖離した被害額の算出

 東京都は、作成したCase1-1とCase1-2の氾濫図をもとに、浸水エリア内の家屋や家庭用品の資産額を積み上げて被害額を算出しています。その総括表を以下に示しました。

東京都が年平均被害軽減期待額を算出した総括表

(出典)東京都提供資料

 

すなわち、東京都は1年に10%の確率で降る65ミリの雨で、調節池がない場合は1044億円の被害が生じ、調節池があっても616億円の被害が生じることになると算定しています。また、東京都は、この算定は下水道の流下能力不足による「内水氾濫」は対象としておらず、河川の溢水による氾濫のみを対象としていると説明しています。東京都が算定した被害額は、実態と大きく乖離していることは明らかです。

石神井川をご存じの方でしたら、あまりにも現実とかけ離れていることに驚かれると思います。前に説明したとおり、石神井川上流において、近年、溢水による被害が生じたのは平成17年9月4日の台風19号の豪雨のみです。この台風(時間最大雨量109mm)の時にも、溢水による浸水被害は前述の通り練馬区内の合計32棟のみでした。これも河川の狭隘箇所で発生しているため、調節池の容量不足が直接の原因とは言えません。調節池を作らないと年1/10の確率で降る65ミリの雨で1044億円の被害が生じ、調節池を作れば427億円の被害軽減が期待できるというのは、非常識と言えるほど現状から乖離している数字です。
私自身も南町調節池を視察していますが、石神井川に水は流れていませんでした。住民との対話で聞いても「豪雨でも石神井川が溢水しているのを見たことはない」との答えばかりです。
国交省マニュアルp.27にも「著名な水害で、できるだけ近年のもの」を考慮して被害を算出すると指示があります。計画の計算根拠にしたという「最終報告書」p.32にも「都内中小河川流域に浸水被害をもたらした既往の降雨を対象に、整備水準ごとの溢水被害の解消効果を検討する」と記されています。

過去の被害実績を無視して過大な被害額を算出している東京都の算出方法は、マニュアル等の指示から大きく逸脱しており、不適切な方法であると考えます。

 

(4)洪水の生起確率を過大に算定した不適切な計算手法

さらに重大な問題と思える算定が行われている箇所も見つかりました。

前掲した総括表のとおり、事業実施にともなう被害の軽減額を都は427億円と算出しています。また、想定している豪雨は年1/10の確率の規模であることから、想定される年平均被害軽減期待額は本来42.7億円(=427億円×1/10)となると思われます。しかし、この表では不思議なことに年平均被害軽減期待額が、その倍に相当する85.4億円と算定されています。この算定は、明らかに不適切です。

 

東京都はどのような考え方で、このような明らかに過大な金額を算出したのでしょうか。

まず、東京都は事業を実施しなくても被害が発生しない降雨量(「無害流量」と言います)を、年超過確率1/2の40ミリに設定しています。実際は、前述のとおり石神井川では100ミリを超える豪雨であっても、ボトルネックで溢水したものの調節地の容量を大きく超えることはありませんでした。このため、都は無害流量を年超過確率1/3の50ミリ、またはそれより超過確率が小さい(雨量が大きい)降雨を採用できたはずです。他県の事例では、実際の河川の整備状況を反映し、実態に合った無害流量を決めています。

しかし、東京都は「石神井川では河岸整備が終わっていない箇所が一部に残っている」という理由だけで、年超過確率1/2の40ミリを採用しています。もし仮に年超過確率1/3を採用すると1/10との間の区間確率が0.23になるため年平均被害額が49.1億円となりB/Cは1を大きく下回ります。また、年超過確率を1/5で計算すると、1/10との間の区間確率が0.1になり、年平均被害額21.4億円でB/Cは0.4を下回る結果となります。このように、本事業の無害流量を1/2ではなく1/3やそれより小さい超過確率の降雨とすると年平均被害額が下がり、B/Cが1を切ります。この点から、東京都は敢えて無害流量として1/2の降雨を設定したようにも見える、疑問が残る設定の仕方です。

河川計画の基としたという前述の最終報告書にも「過去の降雨実績や水害状況を踏まえ、目標整備水準の検討範囲を設定する」と記載されています。また、他県の事例においても無害流量は実際に河川が氾濫しない降雨規模を用いています。東京都が説明する設定の理由は、算定のルールや他県の事例と異なります。

 

無害流量の設定以上に重大な問題と思える点が、無害流量の他にもう1ケースしか被害額の算定を行っておらず、その平均値を採用している算定方法です。この東京都独自の算定方法の結果、非合理的な年平均被害軽減期待額が導き出されています。
この東京都独自の算定方法は、明らかに国交省の「治水経済調査マニュアル」の指示に反しています。すなわち、マニュアルにおいては、溢水被害が生じる被害額の想定を、6ケース程度想定することと定めています。しかし、東京都は2ケース(無害流量+1ケース)のみの設定で、その平均を採用しています。
マニュアルが、複数ケースを設定するように求めている理由は、より正確な被害想定額を計算するためです。すなわち、河川の氾濫被害は度々発生する程度の降雨では被害想定額は小さいのに対して、稀にしか発生しない豪雨においては大きな被害が想定されます。すなわち、下図の「実際の被害額」で示すように、超過確率の小さい豪雨で想定される洪水被害は大きいために、被害額は急こう配で上昇する形となります。つまり、図の網掛で示した実際の被害額の合計をより正確に算定するために、マニュアルでは無害流量の他に6ケース程度を設定し、図の赤色で示した面積を計算するように指示しています。

これに対して、東京都が行っている2ケース(無害流量+1ケース)のみの設定では、「東京都の方法により算出される被害額」で示されるように、実際と比べて過大な被害額(図中の黄色で着色した面積が実際の被害額より過大な額)が算出されています。

東京都のような算出手法では被害額は過大となり正確な数字を導くことはできません。もしも都の前提のように、超過確率1/2の降雨が無害流量であり超過確率1/10の降雨規模が最大であれば、下図で示すように超過確率1/3、1/4、1/5、1/6、1/7などの降雨規模の被害も段階的に想定して、被害額を算出しなければなりません。

 

 

(出典)「治水経済調査マニュアル(案)」p27

すなわち、東京都は2ケースのみの独自の計算によって、本来の金額の倍に相当する年平均被害軽減期待額84.5億円を算出し、その結果として1.31というB/Cを導いています。この算出方法について、東京都に質したところ、「2ケースで十分」との回答です。数字の操作を隠そうとしている答弁であり、質問に対する回答になっていません。東京都の計算方法は国のマニュアルの指示から大きく逸脱する方法であり、都の説明は明らかに誤っています。

 

 【参考】(令和6年3月14日予算特別委員会)

Q.なぜ、国交省マニュアルでは6ケース想定しているがなぜ東京都は2ケースしかやってないのか?

A.東京都技監
(答弁)やや詳しくご説明させて頂きますが、5頁(※委員会配布資料のこと)みて頂けますとよい例ですね、6ケースありますけども、3分の1から150分の1までいっています。今回は2分の1と10分の1の比較です。今お話しありましたように、6ページ見て頂きまして、この棒グラフというか黒で皆さん、着色しているところですね。これ3分の1が一番右側にあって、一番左が50分の1です。これが上がっていくと、等比級数的にあがるっていうことで10分の1と3分の1を見て頂くとなだらかですよね、これ。今回は2分の1と10分の1を比較していますので、その二つで十分だということでございます。

 

また、近隣の都道府県である神奈川県、埼玉県や千葉県においても、マニュアルの指示に従って複数ケースで被害軽減額を算定しています。ヒアリング確認の限りでは、2ケースのみで計算しているのは東京都だけです。これでは、国からの補助採択を受けるために、敢えてマニュアルに反する不適切な計算を行い、意図的にB/Cを1以上に釣り上げたように見える、と批判されても仕方がないように思えます。

 

(5)氾濫履歴をもとに計算したB/Cは0.05

東京都は、2024年3月末にも国交省に補助採択の申請を行う予定と聞いています。しかし、本事業の必要性は、上で示したように極めてずさんと言える根拠資料に基づいています。現在のまま事業を進めるのではなく、一度、過去の氾濫履歴などに基づいて、しっかりと事業の根拠から見直すべきと考えます。

参考までに、費用便益分析に詳しい専門家に石神井川の水害実績などを踏まえた上で複数ケースの被害想定を行ってB/Cを試算してもらいました。費用(877億円)など被害想定以外の数字は、東京都と同じ条件での試算です。その結果は、なんと費用便益比(B/C)は「0.05」という極めて低い数字となるということです。試算を依頼した専門家は、「今後の河川整備の進捗を踏まえると、氾濫リスクのある箇所は護岸整備により対策することが可能です。決して低く算出した比率ではありません。本来のB/Cは、もっと小さいかもしれません」と回答しています。

東京都は、「B/C=0.05」の本事業を、過大な氾濫図や不適切な計算方法によって「B/C=1.31」と説明して国へ補助金の申請をしようとしています。国の補助金も、その原資は私たちの税金です。近年の履歴で調節池容量の不足に起因する溢水被害はない中、また計画雨量の降雨があっても調節池は氾濫していない中で、約1000億円を投じて大規模地下トンネル式の調節池を建設することに合理性はありません。

驚くことに、東京都は国の補助採択がなかった場合にも、「水害から都民の命とくらしを守るため、本事業を実施する」と回答しています。繰り返しになりますが、B/Cが1を下回る公共事業に合理性はありません。都は「都民の命」と説明していますが、計画雨量を大幅に上回る豪雨による溢水で家屋が浸水被害を受けた場合、果たして石神井川上流域で「都民の命」が失われるのでしょうか。東京都は、事業の合理性を具体的にもっと分かり易く都民に説明する責務があると考えます。

 

4. 見直しまたは代替策を検討すべき

本事業は、本来のB/Cが1を大きく下回っていることは明らかであることから、既に着手した事前工事は中止すべきであると考えます。少なくとも、過去の氾濫履歴などを考慮すると、過大な地下トンネル調節池の建設は合理的ではありません。東京都は、都民に分かりやすく情報を公開した上で、事業のあり方を再検討すべきです。

再検討の結果、もしも南町調節池の下流側に新たに調節池の建設が必要であるという結論に至った場合には、B/Cが1を大きく下回る高額で大規模な地下トンネル式の調節池の建設でなく、適切な代替策を検討する必要があります。

 

本事業が計画されている現地には、既存の2つの調整池(南町調整池および富士見池調節池)の間の地域には、幸いなことに東京都が今後、河川整備と公園整備を行う広大な用地があります。現地を確認したところ、この用地の地下を調節池として活用する方法は検討に値すると考えます。本年2月に武蔵野市内で行われた事前工事の説明会においても、市民から、「石神井川上流域の護岸はこれから整備される予定であるため、上流域の都市計画事業などと連携し護岸整備を主体とした経済的・合理的な治水対策が可能である。また、調節池の建設が必要な場合であっても、東伏見公園西側の用地に将来の維持管理が容易な構造物を構築することで大幅に費用を抑えられる」との意見がありました。東京都は、都民の声に耳を傾けて、より経済的で合理的な水害対策を検討するべきです。
また、過去の氾濫履歴からは浸水被害の大部分は市内の「内水氾濫」です。溢水対策のために1044億円を費やすのではなく、下水道の整備を先に進めるなど内水氾濫の対策に貴重な財源を投入することも検討すべきではないでしょうか。溢水対策は、今後の護岸整備で対応できるだけでなく、応急対策として護岸のかさ上げなど経済的に早急に対応できる方法もあります。

さらに、河川脇の家屋には地下室を作らず、できれば1段高くして建築するなど住宅側の対策で大きな治水効果が期待できます。家屋の浸水被害を防止するするために巨額の税金を投入するという現在の非合理的な計画を前提とせずに、広く住民を巻き込みながら、合理的な治水対策を作り上げていくことが必要だと思います。

 

5. おわりに -情報開示の必要性-

本事業は、第2回武蔵野市都市計画審議会や第236回東京都都市計画審議会などの議論を経ているものの、審議会では大規模地下トンネルの建設に対する懸念などが多く出されています。また、審議会では調節池の容量は現在まで足りていること、容量の不足を起因とした溢水の履歴はないことなどの説明は行われていません。代替案との比較検討や定量的な事業評価の説明も行われていません。事業評価に関しては2023年11月27日の専門家委員会で、初めて定量的な投資効果(B/C)が示されていますが、その根拠資料は、上で述べたように極めてずさんな内容です。

B/Cが明らかに1を下回る本事業は見直しを行うべきですが、見直しに至った最大の要因は、これまでデータや情報の開示が不十分であったことが挙げられます。「治水経済調査マニュアル」のp.81には以下のように記載され、巻末には公表用の様式も掲載されています。

 

(出典)「治水経済調査マニュアル(案)」p.81

 

東京都は、このマニュアルの記載に従って、費用便益分析に用いたデータ及び計算手法は公表するように運用を改善すべきです。外部から数字のチェックを受ける機会があれば、今回のような事態は生じなかったはずです。
費用便益分析に用いたデータ及び計算手法は、公共事業の必要性・正当性を証明する数字です。また、国から補助採択を得るために必要な数字であり、原則、非公表としている東京都の運用には大きな問題があります。都議会において、現在の運用の改善を求めました。

 

Q.こうした費用便益分析の算出根拠のデータ及び計算手法は、原則公開する運用に改めるではないでしょうか。

A.都技監
(答弁)本事業の費用分析の結果、1.31、これは既に公表しております。費用便益分析の詳細につきましては、今のやりとりでもお分かりかと思いますが、内容が専門的であり、説明が必要であるということから、現在公表のあり方を検討しているところでございます。

東京都は、「内容が専門的であり、説明が必要であるということから、現在公表のあり方を検討しているところ」と答弁しましたが、内容が専門的なので非公表というのは、都民は見ても分からないだろうということであり、都民を馬鹿にした答弁だと思います。繰り返しですが、費用便益分析に係る一連の検討結果は、事業の必要性・正当性を示す極めて重要な数字です。マニュアルの記載に従い、多くの都民がチェックできるように公表するべきです。

私は河川の治水対策が不要と言っているのではありません。ただし、都民の税金から生まれる財源は無限ではありません。最小の経費で最大の効果を発揮できるよう、行政は常に努力しなければなりません。これは、石神井川上流地下調節池だけの問題ではないと思います。公共事業全体に関わる問題です。他の公共事業についても精査されなければならないと思います。

 参照資料